散々喋った後、やっと咽がカラカラな事に気付いてフロアに戻った。張り切ったせいで、練習で2時間叩いた時以上に体がだるい。ライブの後はいつだってこうだ。
「ロッシ、ありがと。照明最高だったよ」
カウンターの中でビールを注いでいるロッシの背中に声を掛けた。
「チー、今日はほんと最高だったな。ほんとクールだった、それに、すげえ綺麗だった」
振り返ったロッシは笑顔でそう言って、あたしの隣で待っていた男の人にビールを出した。あたしはそっちを見ないようにした。きっと彼はあたしを見て、どこが綺麗なんだ? とか思っているに違いないと思ったから。
あたしはまだロッシが誉めるのに慣れない。 ライトに照らされて汗だくで、後半は苦しくなって歯を食いしばっていたはず
なのに、それのどこがビューティフルなのか。ロッシの美的感覚は疑わしいと思う。だけどロッシの顔を見ると、本気でそう思っているのが分かる。
そしたら、胸の中で炭酸がしゅわしゅわと弾けるような感じがした。
あたしも世間一般の女の子だったんだと、最近気付いてしまった。
前は、そういう人とはタイプが違うんだと思っていた。ミミコともモモとも。だけどそうじゃなかった。それに、そう分かって内心ほっとしている自分がいることにも驚いた。
ただ、あたしはひねくれていただけの事だった。
何も言わないうちに、ロッシはあたしの前にミネラルウォーターのボトルとジントニックを並べて出してくれる。
「ありがとう」
心の底からそう思って言った。
するとロッシはカウンターの中から半身を乗り出してあたしにキスをした。
「ロッシ!」
あたしが怒ってもロッシは満足そうな顔であたしの汗で濡れた髪をぐしゃぐしゃにする。
ロッシはいつだって、人前でもどこでもキスしようとしてくる。ロッシにとってはそれが普通
で、イギリスではそんなこと誰も気に止めないんだとしても、あたしは気にするし慣れない。だからあたしはなるべくそれを阻止することにしている。
だけど、ロッシはそれもゲーム感覚で楽しんでいるから、ときどきふいを突かれてしまう。
ベンに睨まれて真面目に仕事をし始めたロッシを眺める。
1週間後に日本から戻ると、ロッシはまたまた別人に変貌していた。悪い意味じゃない。ただ、あたしたちの誰も彼氏バージョンのロッシを見たことがなかったから、意表を突かれただけだ。ロッシが恋人にどういうふに接するタイプなのか知らなかった。
いつだって隣に立つ時はほとんどあたしにぴったりとくっついているし、ロッシの気分次第では片手があたしのジーンズの後ろポケットに入っていることもしばしばだ。
ソファでの定位置はあたしの後ろだし、あたしの首の後ろに鼻をすり寄せて眠るのが大好きらしい。
まるで男版のミミコだ。
もちろん嫌じゃない。あたしはそんなロッシがすごく愛しくてたまらない。
そう再確認するたびに、心の中にぽっと明かりが灯る。
「よお、やるじゃん」
見上げると、リチャードが笑顔で立っていた。
「やっと生で見れたよ。うん。思ってた以上だったな」
リチャードはもじゃもじゃの髭を撫でて言った。
やるじゃん、がキスのことじゃなくてライブのことだと分かって、ほっとした。
「ありがと。今日は最高の出来だったんだよ」
「だろうな。ああ……最高だったな。なんか俺も久々に熱くなったな。それに昔の知り合いにも会えたしな」
リチャードの視線の先には携帯電話で話しながらドアを出て行く男の人がいた。さっきまでリチャードが話していた人だ。
「一緒に来たんじゃないの?」
「ああ……まあ……これからだな。がんばれよな」
リチャードは意味ありげに笑ってあたしの肩を叩いた。
「うん? うん」
何のことを言われているのか分からなかったけど、とりあえず頷いた。
リチャードがロッシにギネスを注文して、あたしは少し離れた所にいたモモとミミコの元へ向かった。ジェイミーとアンディのめがねコンビも一緒だ。
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