ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-14  
   
    2000年12月 イチコ    
 

 その後のライブで、彼女たちはオルタナティブでロックといえなくもない曲を披露した。
 本当にトイレのあの2人組なのか、あたしは目を疑った。どの曲も、陰気で感情がぎりぎりまで押し出された曲ばかりで、こっちが苦しくなるくらいだった。
 良く言えば幻想的、悪く言えば陰気。
 それなのに、あたしは彼女たちの引力にぐいぐい吸い寄せられしまっていた。
 どれも短い曲で、25分の持ち時間に9曲も演奏した。
 ギターの子がボーカルをとっていて、その声がすごく耳に心地よかった。
 そしてリズムマシンから流れるリズム。あくまでもドラムの音が中心で、そこに変な機械音や、おもちゃみたいな電子音が絡む。
 あたしは、自分ならどんなドラムを叩くだろうって考えてみた。
 不思議なことに、そう考えるとすごくわくわくした。リズムマシンから飛び出すリズムを実際に叩くには、手と脚がもう一本ずついりそうだった。

「じゃあ、最後の曲」
 ギターの子がそう言うと、前の方で『アレやって、アレ』という声が挙がった。意外にもこんなマニアックなバンドにも、ちゃんとファンが付いていた。
「ありがと、でも、今日は違うのをやることにします。すごく不愉快な曲です」  ギターの子がそう話す間、ベースの子が冷めた目でこっちを見つめているのに気付いた。それで分かった。
 あたしの隣に立っているこの男が、2人が話していた男なんだ。
 ベースの子がペダルを踏むと、巨大なドラム音とキリキリいうドリルに似た音が耳をつんざいた。思わず眉間にしわをよせる。
 それでも、これから何が起こるのかわくわくしていた。
 ベースがリズムを刻み始めると、ギターがまるでメタルバンドみたいな音で唸り出した。ボーカルはさっきまでのやわらかな声とは別 人のように、咽を潰して叫ぶように歌っている。
 本人たちの宣言した通り、不愉快な曲だった。それなのに誰もそこから立ち去らなかった。あたしもその中の1人で、両足の裏が床にぴったり張り付いて離れられなかった。そのままじっと、彼女たちのぶつける波を受け止めていた。
 曲が終わると、ギターの子は笑顔で最後まで聞いてくれてありがとうと言った。あたしは気になってベースの子を見ていた。すると、マイクに向かってありがとうと言った後、あたしの隣に突っ立っている男に、小悪魔みたいな笑みを向けた。かわいらしい微笑みとは全く別 の、ザ・女の笑みだった。
 その瞬間、あたしは全てを理解した。
 今の曲は、あたしが言った『中指を立ててやる』っていうことで、全部はこの男に向けられていたモノだったってことを。

 2人は楽しそうにきゃっきゃと笑いながら、機材を片付けていた。
 トイレでの会話を知っているあたしは、なんだか共犯者になった気分で、隣の男がどんな顔をしているのか、盗み見てみた。
 男は情けない顔でぽかんと口を開けたまま、ステージを見ていた。
 あたしは面白くて下を向いて笑った。
 その時思った、あの子たちの化粧やおしゃれは、きっとあたしの母のそれとは、別 モノなんだろう、って。


 その日、ミルレインボウはいつのまにかいなくなっていて、打ち上げにも姿を見せなかった。

 
 

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