ロックンロールとエトセトラ  
  2月 コンシダレイション
consideration/ REEF
 
   
  #11 片思い ミカコ
 

「よお……今、チーだけ?」
 チャイムが鳴ってドアを開けると、ロッシが缶ビールの6パックを片手に気まずそうに笑っていた。
 こんなことは初めてでびっくりした。とりあえず、ロッシが持って来てくれたビールを飲むことにして、リビングのソファに座る。
「で?どうしたの?」
 ロッシとふたりっきりで話したことなんか、今まで一度もなかった。
「ああ……今ならミーがいないし。今日はチーが休みだって聞いてたから」
「うん?」
 それじゃあ、まるでミミコに隠れてあたしに会いに来たみたいに聞こえる。
 だけど、ロッシがこんなにさえない顔でうちへ来た理由が、少しわかったような気がした。あのノーキングのギグから2週間近く経っている。
「あのさ、ミミコ……最近なんかあった?変じゃね?」
 ロッシは缶ビールをプシュッと開けると、自分で飲まずにあたしに渡してくれる。
「あ、ありがとう」
 あまりにも自然だったから、少し驚いた。
「仕事中元気ない?」
「そう、そうなんだよ。なんでなんだ?」
 ロッシは次に開けたビールを飲むと、眉間にしわを寄せてそう言った。
 どうしよう。
 少し考えてみないと。
 だって、話していいんだろうか? ミミコとあのイアンの事を。
 どこまで話せばいいのか分からない。だからって、ごまかして話しても、いいことがないような気もする。
「なあ、チぃ」
「うん……あのさ、ロッシ。そういうことはミミコに直接聞きなよ? あたしの口からは……言いにくいんだよね」
「そりゃ、そうしたいけどさ。けど、ミーにいくら聞いたって、何もねえって言ってよけいに元気なふりするだけだしさ」
「うん……それは、わかるんだけど」
 うちでも、ミミコは精一杯強がっている。今まで傍で見て来たどの失恋とも違う。
「そんな、言いにくいことがあったんだ? ミーに……」
 俺のかわいいミーに……っていうのは空耳だけど。
 ロッシのまゆげが、今まで見た事のないくらいに八の字になっていた。
「ロッシー。ミミコのこと、ほんとに好きなんだね」
 あたしはなんだか嬉しくなってそう言った。
「え、あ、あえ、なんでそんな」
 ロッシはあからさまにうろたえる。
「ねえ、もういいって。あのね、そんなこと何ヶ月も前からみんな知ってることだから」
「う、ええッ?」
 ロッシの耳が赤くなる、これは本当に意外だった。ロッシってこういうキャラだったんだ? なんかおもしろいかも。
「ミ、ミ、ミイ」
「大丈夫、ミミコは知らないよ。あの子はそういうの鈍感だし。でもモモカもあたしも、それにベンも知ってるよ。多分デイヴィスも」
「え、え?なんでだよ、俺誰にも言ってねえよっ」
「言ってるの。もうその目がね、ミミコ見つめる時ハートだもん」
 あたしは笑いながら言った。 「なんだよ、バレてたのかよ……」
「そ、もうずっと前から知ってたよ。見守ってたんだから。がんばってねロッシ」
「なんだよ、その笑いは……俺ほんと真剣なんだからな……だから、ミーに何かあったのかと思って。だってミーが変になったのはあのギグの後で、だからまさかイアンとなんかあったんじゃねえかって……毎日心配でたまんねぇんだよ」
「うん、」
 ロッシは真剣なんだ。本気でミミコのことが好きなんだね。
「じゃあさ、言いにくいならこれだけ教えてくれよ。あの日……俺がミーにパスを渡した日。イアンの野郎と何かあったのか?……パスもらった奴から聞いたんだよ。俺、俺知らなかったんだ。あいつが、そんな奴だったなんて」
 ロッシは2本目のビールを開けた。
「そんな奴、って?」
「だから……あいつは、外で待ってる女の子を連れて帰るような奴だって。だから、だからバックステージになんて来たら、絶対に部屋に連れて帰るだろうって」
 そうなんだ……やっぱり、イアンはそういう人だったんだ。ほんとに、どうしてミミコはそういう人にばっかり惹かれるのか。まあ、あたしも人のこと言える立場じゃないけど。 「なあ、ミーは、やっぱ連れてかれたのか?」
 ロッシはあたしたちしかいない家の中で、さらに声を潜めて言う。
 ロッシの真剣さに、あたしは少しならミミコの事を話してもいいかもしれない、と思った。
「くそっ、そうなんだな? あいつぶん殴ってやりてぇえ」
 何も答えないあたしを見て、ロッシは頭を抱えた。
「ロッシ。違うの」
 もし、ロッシがミミコを幸せにできるなら、ミミコが幸せになれるなら、それが一番いいのかもしれない。
 あたしはまだ、ミミコが幸せな恋愛をしている所を見た事がない。ミミコはいつもろくでもない男にひっかかって、泣いてばかりで。
 あたしは、急におせっかいがしたくなって、ロッシに少しずつ話し始めた。

「分っかんねえ、なんだよ、結果的にはセックスはしなかったんだよな? だから、ミーは遊ばれて捨てられたって訳じゃないんだよな? それが、そのせいで落ち込んでんのか?」
「うん……そうだよね、難しいよね……」
「女の、プライドって奴か?」
「うーん。そういうのとも、ちょっと違う。ミミコの……恋愛癖みたいな」
「んんん〜、よけーわかんね。なんだよ? はっきり言ってくれよ。チー」
「だからね。ミミコは、男の人を信じられないの。ううん、本人は純粋に信じてるつもりなんだよね。でも、端から見てるとぜんぜん信じてないんだよね……ミミコは今までいい恋愛をしたことなくって。だから、」
「だから?」
 ロッシはじれったそうに言う。
「はあ……ミミコは心で繋がれるって信じられないの。だから、好きな人と体が繋がらないと意味がないって思ってる……体を拒否されたってことは、ミミコと繋がること全部を拒否されたって事になるんだよ……まあ、実際ミミコが言う通 りの状況で拒絶されたら、あたしでもヘコむだろうけど……でも誤解しないでね? 別 にミミコは軽いとか、すぐに寝るとか、そういう子じゃないんだよ?」
 あたしは誤解を産まないよう言い直した。
「バカかよ、当たり前だろ? ミーは、そんな子じゃないよ」
 あたしはその言葉を聞いて心の底からホっとした。
「でもそれは、思ってたよりも根が深い話だな……じゃあ、一体俺に何ができるんだ。どうすれば元気になるんだよ?」
 ロッシは2本目のビールを手に取りながら嘆く。
「だからさ、あたしが何の為にロッシにこんな話してると思ってんのよ? ほんとに、本当にミミコのこと好きなら、ミミコに本当の繋がりっていうのを、教えてあげてよ」
 ロッシは神妙な顔であたしの話を聞いていた。
「俺に、できると思うか?」
「そんなの……わかんないよ。だけど、ロッシは一生懸命ミミコの事を知ろうとしてるし、ミミコに優しくしてるのもよくわかってるよ」
「そうか……」
「でもミミコは、きっとロッシの気持ちには気付かないよ」
「え?」
「ミミコ、そういうの本当に鈍感だから。だから、がんばってね」
「そうか……そうなのかあ? はあ……でも、俺は腹が立つしツラいよ。なんであんな、あんな野郎にミーが傷つけられなくちゃなんねえんだよ。だってさ、そいつが言うにはさ、あのイアンが今まで連れて帰ったのに手を出さなかったのは、シンシアのヴォーカルだけなんだと。一体何十人、いや何百人か?」
 シンシアのヴォーカル? それって、最近ランキングでも上位に入ってる、ガールズバンドの、あのシンシア?
「あの、インド系のかわいい子? なんでそんなこと知ってんの?」
「なんかその子がデビュー前の話らしいけどさ。本人が誰かに話したんじゃねえの? 業界じゃ有名な話らしいから。奴の女遊びっぷりもな……しかもさ、その理由がなんかデモテープらしいからさ、ほんっと訳わかんねえよな、スターってのは」
 ロッシはそれ以上下がりようがないくらいに眉をハの字にして嘆いた。
「ねえ、ちょっと待って、それどういうこと?デモテープ聞かせたの? あの子も?」
「え? あ、そうらしいぜ、え? も。ってなんだよっ?」
「ミミコもっ、聞かせたんだって、そしたらねっ、イアンが服着て帰って欲しいって言ったんだよ?」
「それって……」

 ロッシとあたしは同じように口をぽかんと開けたまま、お互いの顔を見つめていた……あたしたちはやっと、イアンがミミコを追い返した本当の理由に辿り着けた気がした。

 あたしたちは、なぜだか意気投合してこの日から友達になった。ロッシといても全然気をつかわなくて楽だった。
 ロッシはなんとなく、ムネと似ているからかもしれない。ミミコとモモ以外で、一番遊んだ友達だ。
 毎週月曜日にロッシはうちに来て、ミミコのことを嘆いて帰って行く。時々は一緒に街に出かけたりもする。
 ロッシのおかげであたしもだいぶ英語が上達した。

 
 

#103月-#1

 
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