ロックンロールとエトセトラ  
  2月 コンシダレイション
consideration/ REEF
 
   
  #2 ナンバー30 ミカコ
 

 ロッシの用意してくれたチケットを見てあたしは気が変になるかと思った。

 ナンバー30!

 体の底から嬉しさがこみ上げて、あたしは思わずロッシの腕を強く掴んだ。
 前にノーキングのライブを見たのはもう1年以上前で、その時の整理番号は162番だった。前から5列目に行けて喜んだのもつかの間。ライトが消えた瞬間にわあっと前に押されて、前にいる背の高い男の人の背中に押し付けられた。
 どうにか体をねじって人の肩や腕や頭が折り重なるその隙間から、片目だけでイアンをみつめ続けた。それでも何度も目が合っているような気さえした。

 近い……本当に近い。
 あたしはお腹に食い込む鉄の棒のことなんてどうでもよかった。といっても実際は大して痛くなかった。あたしの後ろにロッシが立っていて、その圧力を遮ってくれていたから。
 今日はロッシにいくら御礼を言っても足りない。
 本当に今年は最高の誕生日だった。みんなにいくらお礼を言っても足りない。
 ももちゃんとチコからはあたしがずっと欲しがっていた靴をもらった。まだ寒くて履けないけど、キラキラしたパールピンクのアンクルストラップ付きミュールで、ストラップには大きな蝶のモチーフがついている。まさしく女の子の夢の靴だ。
 ちゃんと3人でパーティーもしたし、ベンには高いらしいシャンパンをもらった。
『どうせミーには味なんて分からないだろうけどな』なんてぶつぶつ言いながら。
  それでももちろん、すごく嬉しかった。昨日はももちゃんとチコと一緒におおいに酔っぱらった。
 そして、極め付けが今日だ。
 ボーカルのサイクスが目の前に立って、周りにいる誰もがハイファイブをする為に手を延ばしても、あたしはイアンだけを見つめ続けていた。
 ノーキングの音楽を耳や肺や毛穴に吸い込んで、イアンのなにもかもを目に焼き付けようとする。イアンはベースを弾きながら飛んだり跳ねたり大暴れしている。
 鍛えられた腕をしならせて力強く弦を弾く。その指一本一本から生み出される重低音に、体の芯が貫かれる。おへそから全身に向かって痺れが広がっていく。
 イアンがあたしの丁度前に立った。あたしは彼を見上げながらバーをきつく握り締めていた。そうしていないとへなへなと座り込んでしまいそうだった。
 さっきからずっと頭がくらくらしていて、あたしは今にもノーキングが……イアンが好き過ぎて、好き死にしてしまいそうだった。もしもそういうのがあればだけど。イアンが拳を突き上げるとステージ下でも一斉に手が挙がって、好き好きにみんな叫ぶ。
 あたしはイアンと同じ空気を胸いっぱいに吸った。ライブの感動がもっともっとイアンに届けばいいと思って、まるでアメリカ人みたいに奇声を挙げた。

 ふいに頭の上で『ぅわーふぅーっ』て変な叫び声が聞こえて、ロッシも体を激しく揺すっているのに気付いた。「ノーキングはまあ好きな方だな」なんてクールなこと言ってたくせに。
「ほんとミーが言った通り、ライブ最高だな。あいつすげえかっこいいよ」
 ロッシがあたしの耳元で叫んだ。
「そうでしょ?」
 あたしはまるで自分が認められたように自慢げに笑った。

「はあああー最高、ね?ね?かっこいいって言ったじゃない?」
 ライブが終わってもまだ会場にはたくさんの人が残っていた。
 日本だったら終わったと同時にスタッフに追い出されてしまうけど、ここではそうじゃないらしい。みんなバーカウンターで新たに飲み物を買ってライブの感想を話し合っている。  あたしは汗でびったり体に張り付いたランニングを引き剥がしながらロッシに笑いかけた。
 ライブはアンコールを含めて1時間半続いた。前半はあたしの前にある鉄パイプを握り締めて、腕力であたしを守っていてくれたロッシだったけど、アンコールでさらに後ろからの圧力が増して、ついにロッシはギブアップした。
「ごめんミー俺もうだめ」
 そうロッシが言った瞬間、肋骨の下に当たっていた鉄パイプがぐいぐいお腹に食い込んで、あたしは苦しさに顔をしかめた。
 ロッシとの間にあったわずかな隙間は一瞬にして消えて、あたしはロッシに包み込まれた。
 ロッシは座り込んで汗の絞れそうなTシャツに風を送り込んでいる。あたしの背中の汗の半分はロッシのかも。とか考えると友達でもさすがにうえーとか思うけど、口には出さなかった。

「なあミー……もういっこ、あるんだ」
  見上げるロッシの目が、いたずらっぽく光る。
「なに?」
「誕生日おめでと」
 ロッシは後ろポケットから何か出した。
「これ。ここのスタッフやってる友達にもらってきた」
 ロッシはラミネート加工された銀色のプレートを見せてあたしにニッと笑いかける。

 ……その赤い紐のついたプレートを見て、もう声が出せなかった。

 
 

#1#3

 
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