ロックンロールとエトセトラ  
 

4月 サヨナラカラー
サヨナラCOLOR/ super butter dog

 
   
  #3 茉莉花茶 ミカコ
 

 お湯が湧くと、あたしはみんなで集めたいろんな国のお茶の葉を眺めて、悩んでいた。
「済んだよ」
 声がして、アンディがキッチンの入り口に立っていた。
 その時初めてアンディの着ている服が目に入って、あたしは目が釘付けになった。元は黒だったはずのあせたグレーのTシャツ。その白いロゴプリント。英語だったけど、すぐに分かった。
『長寿と繁栄を』
 スタートレックのバルカン人が使うグッドラックを意味する言葉だった。
 そのTシャツをびろびろになるまで着古しているアンディに、あたしは一気に親近感を感じた。だって、あたしもスタートレックの大ファンだから。
「どうしたの?」
「あ、ああ。お茶どれにしようか迷って。何か飲みたいのある?」
 あたしは棚を指差しながら言った。笑いを堪えながら。
 アンディはあたしのそばに立って、棚を眺める。
「……コレ何?」
 アンディはガラス瓶を指差していた。それは茉莉花茶だった。ビンの中に毛だまみたいな茶色いお茶の葉の玉 がいくつか入っている。
「中国のジャスミンティーだよ、すごくかわいい花が咲くの」
「花? お茶の中に?」
「うん。見てみたい?」
「ああ。見たい」
 あたしは、耐熱ガラスのマグカップを2つ用意すると、そこにお茶をころんとひとつずつ入れた。そこへ沸騰したお湯を注ぐ。

 ソファに座って、2人でそのマグカップをじっと見つめる。
 ゆっくりと葉が開いて、中から白い花が見えてきた。
「ほら、見て、白いの」
「ああ」
 アンディはそのカップを持ち上げたり光にかざしたりして、一生懸命見ている。
その姿はなんだか意外で、ちょっと微笑ましかった。
「あ、ほんとだ、咲いたよ、ほら。これどうなってるの?」
「お茶の葉を、花に見立てて丸い玉になるように結んであるの。たぶんその中に花も入れてあるんだと思うけど」
「へえ……」
 アンディはその強い香りに少しだけ顔をしかめたけど、すぐに元の無表情に戻った。あたしは鼻でたっぷり湯気を吸い込んでから、カップに口をつけた。コレをおいしいと思うようになったのは、いつからだっけ?
「飲めそうにない? 苦手な人も多いと思うよ、クセあるし」
「いや、そんなことは」
 アンディはそう言うと、ぐいっとカップからお茶を飲んだ。一瞬アンディの眉間にシワが寄って、またすぐに元に戻った。
「なんだか、不思議な味だな」
 アンディは難しい顔をして言う。まずいんなら、そう言ってもいいのに。なんだか口元が弛んでしまう。
「水持ってこようか?」
「うん。え? あ、いやいらないよ。なんで笑ってるの?」
「え、なんでもないよ? ドロシアも、今は好きだけど、初めはまずいって言って大笑いしたんだから。でもコレね、中毒性があるの」
「確かに」
 そう言いながら、アンディはまたカップに口をつけた。
 あたしはキッチンでミネラルウォーターをグラスに注ぎながら、我慢していた笑いを解放した。なんか、変な人。
 グラスを持ってリビングに戻ると、驚いたことにアンディのカップは空になっていた。
「これ、君が読んでるの?」
 アンディはデクスター氏の小説を手に取って見ていた。
「うん、そうだよ。でも、訳すのが難しくて、3ヶ月でまだそこまでしか読めてないの」
「デクスター、好きなんだ?」
 アンディの顔が少しだけピンク色になって、淡いブルーグレーの目がきらきら輝き出した。アンディもデクスター氏が好きなんだ。
「うん、もうすっごい好き、尊敬、いや崇拝してるって言ってもいいかも」
 あたしは嬉しくなって答えた。
「日本でもね、何冊か出てたんだけど、こっちに来たら倍以上本出てるし。嬉しくって。でもちっとも進まないの。あーあ、もっとあたしに英語力があればなあ」
「本当に、好きなんだね」
「うん。だって、だって凄過ぎるよ、全部が本当に起きたことみたいに書いてあって、もう頭の中とかどうなってるのか」
 アンディは笑う。また意外だった、こんなふうに優しい顔もできるんだ?
 ラムネのビンに入っているビー玉みたいなアンディの瞳は一見冷たく見える。だけどよおく観察していると、ちゃんと気持ちが表れているのがわかった。
「僕、全部持ってるよ。今度あげるよ」
「え? うそ、ほんとに? え、でも悪いし貸してくれるだけでいいよ」
「いや、いいよ。もう何度も読んだし。それに、書き込みたいんじゃないの?」
 アンディにピンクの線だらけのページを見せられて、急に恥ずかしくなった。
「だって、このくらいしないと読めないの、ほんとに。恥ずかしいけど」
「恥ずかしくなんかないよ。こんなに、ここまでして読んでくれる人がいるなんて知ったら、きっと彼も嬉しいはずだよ」
 アンディは言う。
「本当に? そう思う?」
「ああ。思うよ。ところで、パイ忘れてない?」
 そう言われてチェリーパイのことを思い出した
「あッ、そうだった、食べようッ」
 あたしは急いでキッチンに戻ってパイを切り分けた。
  自慢げにジャスミンティーを煎れていたせいで、すっかりパイのことを忘れていた。そう思ったらまたちょっと恥ずかしくなった。

 
 

#2#4

 
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