目が覚めるともう昼前で、最低の気分だった。
まだ隣では川瀬さんが寝息を立てている。
その寝顔をずっと眺めていたかったけど、そうはしなかった。
急いで服を着ると静かに部屋を出た。
あたしはまた逃げることを選んだ。
そうしないと、もう自分の気持ちで押し潰されてしまいそうだった。
何度も何度もホテルを振り返りながら駅に向かった。
ふたりとも仕事に出掛けた後で、家には誰もいなかった。こっちに来てから、家に誰もいなくてほっとしたのはこれが初めてだった。あたしは、急いでシャワーを浴びた。
前からそうだった。川瀬さんと別れた後はすごくみじめな気持ちになる。
理由は分かっている。
どんなに優しい言葉を掛けられても、どんなに優しく触れられても、あたしの心はどこか渇いていて、絶対に満たされない。
こんなの、あたしが馬鹿にしてきた人たちみたいだ。
まるで、やられ女だ。だから、川瀬さんから逃げて来たはずだったのに。
突然、喉の奥からうっと声が漏れて、涙が関を切って溢れ出した。
あたしは誰もいないのをいいことに、床に座り込むと声を出して泣いた。
ティッシュボックスを抱えて、涙を拭いては丸めて放り投げた。
チャイムが何度か鳴って止んだ。そのまま無視していた。
「チー?」
背中に声を掛けられて飛び上がりそうになった。振り返ると、ロッシが立ち尽くしていた。あたしの顔を見るなり、持っていた荷物を放り投げて勢いよく駆け寄って来る。
「どうしたんだっ?」
あたしは顔を見られたくなくて、膝の上に置いた腕に顔を伏せた。
「どっか痛いのか?」
あたしは首を振った。早く独りにしてほしい。誰かがそばにいると泣けないし、ロッシにこんなところを見られたくない。
「何しに来たの?」
顔を伏せたまま言う。
「ああ、この前話してた『フットボールパフ』並んで買えたからよ、一緒に開けようかと思って来たんだ」
「ミミコいないよ?」
「ああ……知ってる……そんな事より、チー? どうしたんだよ?」
「ロッシには関係ないよ」
口から勝手にとげとげしい言葉が出て来る。
「そりゃそうだけどよ、こんなとこ見ちまったら気になるだろ? 俺で助けになること、ねぇのかよ?」
「ない。ロッシはミミコの事だけ気にしてればいいよ」
ただの八つ当たりだって分かってる。
「なあ? どうしたんだよ、チー、」
ロッシは我慢強かった。
ふいにロッシがあたしの髪に指を通した。
一気に川瀬さんの感触が蘇って体がびくっと震えた。
「触らないでッ」
あたしはその手を跳ね付けた。顔を上げると、もうロッシの我慢も限界だった。
「そうかよ、分かった……悪かったな、邪魔して。そうやって心閉ざして、ずっとなんでも独りでやってくんだよな? チーは。じゃ、せいぜい頑張れば?」
そう言って、ロッシは部屋から出て行った。
やっと独りになれたのに、ぜんぜん嬉しくなかった。罪悪感でいっぱいになる。
だけど、それすらもほんの数分だった。
すぐに悲しさでいっぱいになって、あたしはまた声をあげて泣き出した。
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