何も持ってないなんて 本当に信じてしまったら
進む事もできなくなる 本当は心のどこかに
小さな光を感じてる そうでしょあたしのキラキラ星
最後の曲で、ちょうどそう歌っている時だった。
今日は喉も調子がいいし、腕も指もよく動いた。緊張なんてギターを掻き鳴らした瞬間に消えてなくなった。お客さんも温かくて、すごく気持ちが良くなってきた。
ふと視線を感じた。目の前にはたくさんの人がいて、みんなそれぞれに楽しく話したりビールを飲んだりしながらあたしたちを見ている。
そのずっと奥。入口近く。非常灯の下。
サングラスをかけたくらいであたしが見間違う訳がない。
……まるでモーゼの十戒みたいに人垣が割れて、あたしには彼だけが見えていた。
急に呼吸が浅くなって、歌うのが苦しくなる。
彼は濃い色のサングラスをかけているし、10メートルくらい離れているけど、目が合ってるのが分かった。
あたしは彼を想って歌った。
一瞬でも目を離したら幻みたいに消えるんじゃないかと思った。怖くて目が離せなかった。
必死の思いで最後のリフを響かせた。
ミミコがありがとうと言ってステージの照明が落ちた。
あたしはこのライブが成功だったのかどうかも感じられなかった。
しゃがんでエフェクターボックスを閉じながら、ずっと出口の方を見ていた。たくさんの人がバーに向かったり、出口に向かったり、その場に留まって話したりしている。
彼の……ジェイミーの前には無数の人がいて、よく見えない。
あたしは胸騒ぎがした、どうしよう、なんで来たの? まだいる?
もし今ドアを出てたら、本当にもう会えないのかもしれない。
あたしはバックステージから持ってきたリュックにシールドを突っ込むと、急いでギターをケースに入れて、片付けた。
「モモちゃんなに急いでるの?」
ミミコが自分のベースをケースに直しながらあたしを見て驚いている。
「どうしたの?」
そこへチコも来た。
「なんか、どうしようあたし、」
ゆっくり喋ろうと思うのに、声がうまく出せない。
「なに? どうしたのっ」
チコが本当に心配そうな声を出した。
「あのね、すぐに見ないで。非常灯の下に、人がいる?」
「え? 人? いっぱいいるけど?」
ミミコは変になったあたしの腕を掴んだままで言う。
「そ、その中に、男の人。サングラスかけた……」
「えー? サングラス、うーん? 誰? 誰がいるの?」
「知り合い?」
ミミコは不思議そうに言う。心臓が嫌な感じに鳴る。
「ジェイミーが、さっきまでいたの」
「え?」
チコが目を見開く。ふたりは顔を見合わせていた。きっとあたしの見間違いだと思ってるんだ。でも、絶対にあれはジェイミーだった。絶対に。
ゆっくりとフロアのライトが青く変わって、フーファイターズの『モンキーレンチ』が流れ始めた。
「おつかれっす」
そう言いながら、次のバンドの人たちがステージに上がって来た。
ミミコとチコは残りの機材をまとめて、バックステージに向かう。あたしはふたりの後を、うなだれて手ぶらでついて行く。
非常灯の辺りとドアを何度も振り返ったけど、やっぱりもうジェイミーはどこかに消えてしまっていた。
やっぱり、ただのあたしの幻想だったのかもしれない……少し髪型が似てるとか、そういう人を見間違えただけなんだろう。
何ヶ月も経った今でも、まだあの日の出来事に捕われている自分に嫌気がさした。
今さら、ジェイミーがあたしに会いに来たりするわけがない。
その時、急に誰かに腕を掴まれて、無理矢理ステージから降ろされる形になった。
一瞬のことで、ミミコもチコも気付いていない。
見上げると彼は背中を向けていたけど、あたしにはそれが誰なのかすぐに分かった。
一気に咽までせり上がって来た叫び声を飲み込んだ……
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