ロックンロールとエトセトラ  
  第1章 オトメとエトセトラ-6  
   
    1999年 2月 カワカミミカコ   
 

 音楽やバンドにそんなに興味があった訳じゃなかった。 普通にテレビで歌番組を見て、試験勉強中にはラジオでランキング番組を聞いたりしていた。あたしは特に歌が上手なわけでもないけど、みんなと同じようにカラオケが好きだった。

 もう専門学校への進学も決まっていて、毎日ぼけっと過ごしていた。
 クラスには個性的な子がたくさんいたけど、あたしは特に人目も引かない凡人だ。  
  北本さんは、その中でも特に目立っていた。2年生の時も同じクラスだったけど、まともな会話をしたことがあったかどうか覚えていない。他の子とも必要な時しか話さないし、いつも特別 な空気を身にまとっていて、近寄りがたい感じがしていた。
 1年生の時から軽音部のかっこいい3年生の先輩とつき合っていることは学校のみんなが知っていたし、先輩が卒業してからも、ふたりのことはまるで伝説のカップルのように伝えられていた。イナモリ先輩は、まるでカリスマだった。
 平凡すぎる自分に辟易していたあたしは、なんとなく卑屈になっていた。北本さんみたいな子は、あたしと話をしてもつまらないだろうなあ、なんてことを思ったりしていた。
 北本さんはチョコレート色の長い髪の毛をしていて、あんまり笑わない子だった。公立高校の地味な紺のブレザーの制服に似合っているようないないような、ヴィヴィアンウエストウッドの黒いロッキンホースバレリーナをかぽかぽいわせて歩いていた。
 あたしはほとんど憧れに近い気持ちで北本さんを見ていた。クラスメイトだということ以外に、あたしと彼女の共通 点なんてなんにもなかった。

 だけどそんなあたしたちを、いきなり近付けてしまうような出来事が起こった。
 卒業間近だった。忘れ物をして教室に戻ると、夕暮れのオレンジ色に染まった教室に、北本さんがぽつんと座って雑誌をめくっていた。
 最後のチャンスだ、そう思った。 「北本さん、何やってるの?」
 あたしは北本さんに近付いて行った。クラスメートに話し掛けるだけなのに、少し緊張していた。ダサい子とかつまんない子とか思われたくなくて必死だった。
「あ、河上さん。時間潰してるの。今日リハなんだけど、まだ一時間くらいあるんだよね。河上さんは?」
 リハってなんのことだろうって一瞬分からなかったけど、黒いギターケースが目に入って、北本さんがバンドをやってる事を思い出した。
「あたしは忘れ物……何見てるの?そういえばよく雑誌読んでるよね」
 あたしはその内容を見ようと、もう少し近寄った。そこには誌面いっぱいに男の人の顔写 真が載っていた。輝くような金髪でスカイブルーの瞳をした若い男の人……その人があまりにもかっこよくて、合った目が離せない程だった。金髪の王子様だった。
「ロッキングオン」
「へえ……」
 あたしはまだその人と目を合わせたまま頷いた。
「かっこいいよね。クリスピアン」
「え、この人?」
「そう、クリスピアン・ミルズ」
 北本さんは、その人がクーラシェイカーっていうバンドのボーカルだって教えてくれた。
「知ってる?」
「ううん、ぜんぜん知らない。かっこいいね、ほんとに……」
 あたしは鼻息が荒くなっていたと思う。北本さんは、くすっと笑った。でも、それはとっても好印象なくすっ、だった。
「他にもあるよ、見る?」
「うん、いいの?」
「もちろん、あたしの時間潰しにつき合ってよ」
 あたしは張り切って北本さんの前の席に座った。北本さんはいつも背負っている大きなリュックから、違う雑誌を出してくれる。
「ミュージックライフ……」
 今まで見たこともない雑誌だった。
「ヨーロッパとかアメリカとかの、ミュージシャンが載ってる音楽雑誌なんだけど。外人に興味があるなら、オトコマエがいっぱい載ってるよ……興味、あるでしょ?」
 北本さんはにひゃっと笑った。あたしのイメージの中の、笑わない北本さんとはかけ離れたかわいい笑顔だった。
「え?なんで知ってるの?そんなこと」
「だって、聞こえるんだもん。よく話してるよね?ビバリーヒルズ高校白書のこと」  
  うぐっ、とあたしは思わず息を飲んで止まってしまった。
 あたしは、テレビでやっているアメリカドラマ『ビバリーヒルズ高校白書』のディランに熱をあげていて、毎週友達と口論の寸前になるほど熱く語り合ったりしていた。まさかそれを北本さんに聞かれていただなんて……
「あたしはスティーヴが気になってるんだよね」
「えっ?」
 あたしは驚いて聞き返した。だって、スティーヴはちょっと女の子に相手にされていなくて、馬鹿なことばっかりしている男の子だ。
 そのマニアックな人選も、北本さんがまさかビバリーヒルズ高校白書を見ながらカリフォルニアに思いをはせていたことも、あたしが毎週見どころをくまなく話して聞かせているのに、こっそり同意していたことも。全部ひっくるめて驚きで、そのせいであたしは笑いが止まらなくなった。
「なんで笑うの?」
 北本さんは心外そうに言った
「だって、スティーヴって、マニアックっ」
「だってね、スティーブはあの中で唯一の安心キャラだし、確かにあんまり彼氏にはしたくないけど、でも気になるのよ」
 その柔らかそうなチョコレート色の髪を揺らして力説する北本さんがあんまりかわいくて、またあたしは笑いが止まらなくなった。
 あたしは勢いづいて、ディランこと俳優ルーク・ペリーにファンレターを書いて、サイン入り(もちろん印刷)ポストカードをもらったことや、危うく登場人物デヴィッドのラップCDを買いそうになったことなんかを話した。
 その間じゅう北本さんは笑いっぱなしだった。
 それから北本さんは、あたしに雑誌を見せながらたくさんのオトコマエを紹介してくれた。雑誌に載ってる人を全員知ってるのかと思うほど詳しかった。
 時間ギリギリまで話し込んで、CDを貸してもらう約束をして、その上北本さんのライブのチケットまでもらった。
 あたしたちは、嘘みたいに意気投合していた。
 こんなオトコマエ達の音楽を聴いている北本さんのバンドが、どんなバンドなのか、すごく興味があった。
 そして、その日の彼女の締めの言葉がコレだった。

「あたし、芸大落ちちゃったの。もう試験にも疲れたし。それで河上さんと同じ専門学校に願書出したの。だから、これからもよろしくね」

 それから、毎日学校に行くのが楽しくてしょうがなかった。
 まさしく、あたしは新しい世界に通じる扉の鍵を、手に入れたみたいだった。

 
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