「モーモ……僕約束するよ。絶対に僕はモーモの前から勝手に消えたりなんかしないから。カートなんか糞食らえだ」
ジェイミーはあたしの話を聞き終えると、深々と息を吐き出してそういった。
まるであたしが話している間ずっと息を止めていたみたいに。ジェイミーは最後少しふざけたように言ったけど、真剣なのは分かった。
「絶対?」
「うん」
「さっきリッケンバッカーに誓ったしね」
「じゃあ、次はモーモの麗しい声に誓うよ」
ジェイミーは右手を挙げると、真剣な顔でそう言った。
冗談だったのかもしれないけど、あたしは本気で感動してぼーっとしてしまっていた。
「モーモ? 大丈夫?」
あたしの右手首からジェイミーの手が去って行ってしまって、それに気付いた。
「僕は何も知らずにあんな事言っちゃって、どれだけモーモの気持ちを踏みにじったか」
「知らなかったんだからしょうがないよ」
「いや、そんなことないよ。でもさ、あの時言いたかったのは、あんなことじゃなくって。モーモといると、そんな馬鹿な考え全部どうでもよくなったって事が言いたかったんだ」
ジェイミーは眉間にシワを寄せて言う。
「続きがあったの?」
「そうだよ」
あたしは目を丸くした。
「嘘じゃない、ほんとにほんとだよ。だから絶対に引き下がらないって思った。それでしつこく電話したんだ……モーモ。許してくれる? もしモーモがチャンスをくれるなら、あれはただの気の迷いだったって、僕はそんな人間じゃないってことを、証明し続けてみせる」
ジェイミーはあたしをまっすぐに見てそう言った。
あたしはそのエメラルドグリーンの海に引き込まれそうになる。
「ほんとに?」
「ああ……絶対に。どんなに時間がかかっても、モーモにそれを分かってもらうよ」
あたしはその熱い言葉に感動して、頷いた。どうしてか、ジェイミーが言うことは全部ほんとで疑う余地なんてどこにもないように聞こえる。
それはたぶんあたしがジェイミーのことをどうしようもなく好きになっているからだろう……本気で遠ざけようと葛藤したけど無理だった。
「モーモ、仲直り」
そう言ってジェイミーは右手を出した。そして、いかにも友達らしくお互いにぎゅうっと手を握り締めた。
あたしは強くジェイミーの手を握り返しながら、最高にがっかりしていた。
これで、ジェイミーとの友情が復活して、あたしはなんとも思っていないフリを続けないといけない。
あたしはいつまで自分の気持ちをごまかし切れる? たぶん……もう限界が近い。握手でも激しく心臓が跳び跳ねている。
もう、どうしようもない……大人な顔してさらっと友達を続けるなんて、そんなことできない。
早くジェイミーの手を離したいのに、手が磁石になった。ジェイミーもにこにこしたまま手を離さない。きっとそれだけあたしとの友情を大切にしてくれているんだろうけど、よけいに苦しい。
「それから、もう一つ話があるんだ」
唐突にジェイミーが真顔に戻ってそう言った。
「待ってッ」
なにか言いにくい事を言おうとしているみたいで、あたしは思わず大きな声を挙げていた。
「どうしたの?」
「先に、あたしに話させて」
「う、ん。いいよ、うん」
あたしの切羽詰まった様子を見て、ジェイミーも動揺している。
「あたし、まだ話さないといけないことがあるの」
耳の後ろがうるさく脈打つ。
「まだ、言ってないことがあるの」
今言わないと、きっと一生言えなくなる。
「ジェイミー……あたし嘘は付いてないけど。でも、前は控え目に話したの。どうしてあたしたちがロンドンに来たかって言うと。それは好きなバンドの憧れの人たちと同じ空気を吸って同じ街に住んで、同じシーンで肩を並べたかったからなの。日本で頑張ってメジャーになるのは、なんだかあたしたちにはピンとこなかったの。それなら大好きな人がいる所へ行っちゃおうって。無謀だってみんな笑ったけど……でも、実際本当にここに来れたよ。まだ夢のはしっこしか掴んでないけど」
ジェイミーはあたしと握手したまま、固まっていた。目は驚いて見開かれたまま。
「自分たちの音楽をやって行くこととね、それと憧れの人に会うこと。それがあたしたちの目標だったの。でもね、きっとマジックでティーシャツにサインしてもらったって、忘れちゃうでしょ?例えどんなに近くに行けたとしても、ファンはファンでしかないって。だから。あたしたちは憧れの人に同じ立場の人間として会おうって誓ったの。それまでは街で会ったって追い掛けたりしないでおこうって……結局、思いも寄らない形で会っちゃったけど」
「あの、それは……僕のこと?」
あたしは頷いた。
「ジェイミーは、もう自分のファンとは関わりたくなかったって言ったけど。あたし、大ファンだよ? たぶん今までジェイミーが会った誰よりも。なんでもないって顔してたけど、あたしの目の前にいるジェイミーがあのジェイミーだって思うと、気絶しそうになるの。だけど、遠いロックスターのジェイミーじゃなくって、いっつもぼろぼろのジーンズを履いてる、ぜんぜんスターっぽくないジェイミーのこともすごく好きだし、それがあのジェイミーだって思うともうどうしようもないくらいで……それに正直、ジェイミーがニットキャップスにいなかったら、病室にテープもチケットも置いて来なかったかもしれないし。そしたら仲良くなれてたかも分かんない……もしジェイミーが今ニットキャップスをやめちゃったら悲しいけど、だからって嫌いになったりしないよ。でも、ジェイミーがもうギターを弾かなくなっちゃったら、すごくショックで……ちょっと好きじゃなくなるかもしれない……わかんない……ならないかもしれない」
あたしはただつらつらと思い付いたことを息も付かずに話した。
本当に正直に話した。
だけど、それでもジェイミーがそれを愛の告白と受け取るかどうかはゆだねることにした。ずるいと思うけど、あたしの勇気じゃラブって単語をまだ使えなかった。
だんだんジェイミーの顔が見れなくなって、最後は目を伏せて話した。
ジェイミーはずっとびっくりした顔をしていた。
立場が入れ代わって、今度はあたしが絶交されるかもしれない。
「……まだ、友達でいてくれる?」 長い沈黙の後、たまらなくなって顔を上げると、そう言った。
振られて会えなくなるよりは、友達の方がまだマシだと思ったから。
あたしってこんなに弱虫だったんだ。
|