あたしは素直にそれに応じる事にした。実際、アルともう少し一緒にいたかった。一目惚れっていうより、彼はあたしを引き付けるなにかを持っている人だった。
だから、意地を張ってせっかくふたりが作ってくれたチャンスを無駄にしたりしない。
川瀬さんの事をふたりに全部話した日から、あたしたちの関係が、微妙に変化した。
今なら、ふたりにはずっと気を使わせていたんだって分かる。たぶん、あたしの隠し事が恋愛関係だっていうことにさえふたりは気付いていたんだろう。
ときどきミミコは『彼氏作らないの?』って聞いたりしたけど、あたしがめんどくさいからいらない、って答えると、それ以上追求しようとしたりしなかった。
今思えば、ミミコなら納得いかないとか言って、切々と恋の素晴らしさを語って聞かせたはずだ。
「じゃ、お願いします」
「チコまた後でね」
ふたりはアルにお礼を言うと、前の乗用車のみんなにもきちんと挨拶して、ライヴの素晴らしさを伝えていた。
車が発車すると、角を曲がって見えなくなるまでふたりは両腕をぶんぶん振っていた。ふたりがあまりにもかわいくて、あたしは思わず吹き出してしまった。
あたしをアルの隣へ送り込めた事と、それにあたしが素直に従った事とで、叫び出しそうなほどテンションが上がっているのが、手に取るように分かった。
「なんか、いい子たちだね」
アルが笑いながら言う。
「うん、そうなんだ」
あたしは自分が褒められたように照れた。あたしが照れるとこじゃないから。って頭の中でもう一人のあたしの声がする。
「チーもね」
「うぃ?」
まさかそう来るとは思っていなくて、変な返事をしてしまった。
「こっちでいいよね?」
「え? あ、うん駅の方」
あたしは車の中で、アルのドラムが尊敬してしまうくらいかっこよかった事を必死で伝え、どんな練習をしているのか、どんな音楽を聞いているのかを聞いた。
自分でも驚く程ぺらぺら喋っていた。いきなり密室にふたりきりになって、喋っていないと息が詰まりそうだったし、それ以上にもっとアルのことを知りたかった。
アルはあたしの質問にひとつひとつちゃんと答えてくれる。
道は空いていて、すぐに家に着いてしまった。
実際時計を見ると、50分も経っていたけど。あたしにはたった10分くらいにしか感じられなかった。もっと話がしたかったけど、なんだか少し冷静になった方がよさそうな気がした。
本当に、こんな気持ちになったのはひさしぶりだった。何年も前、川瀬さんと一緒にいた頃以来だ。
その上、あたしはアルも同じように思ってくれていればいいのに。
なんて事をふと思ってしまっていた。
地下室の入り口でいいって言ったのに、アルは荷物をわざわざ下まで降ろしてくれた。
それからメンバーの待つバーへ向かって行った。バンが小さくなって行って、角を曲がるまで見送る。
ミミコとモモみたいに振りたい手を、なんとか押さえ付けて黙らせた。
ひとりになったのに、まだ胸がどきどき鳴っている。あたしどうかしてる。
そう思って頭を切り換えようとしても、すぐにアルの顔が浮かんで来る。短く切った栗色のくせ毛の髪に、奥まっていて真ん丸の茶色い瞳。その上に影を作る濃くてしっかり生えたまゆげに、がっしりした顎に無精髭。一見、無骨そうに見えるのに、穏やかで優しくて、
ああ、やばい。
あたしはなんとか気持ちを落ち着けようと、荷物をほどいてあたしの要塞を元通
りに組み直した。その間も、アルが言った『俺もあれで叩いてみたいよ』っていう言葉が何度も頭をかすめた。
すぐに座ってあたしが一番好きなリズムばっかりで作ったローラーコースターをいつもより速く叩いてみた。
これならすっきりするはずだったのに、今日が効き目がない。それからシェイカーズの頃の激しい曲を何曲か叩いてみたけど、息が切れただけだった。
リュックからミネラルウォーターのボトルを出してごくごく飲むと、あたしはさっきアルに聞いた練習を実践することにした。
メトロノームをセットしてそばに置く。カツカツカツと鳴るメトロノームを聞きながら、目を閉じて簡単なリズムを叩き始めた。アルが言っていたのを思い出す。
『練習っていうよりも瞑想だよ。気付いたら、一時間くらい経ってるから。近所の人たちに初心者だと思われてそうだよ』
そう言って笑ったアルの顔を思い出すと、リズムが振れてメトロノームからずれてしまった。
集中しよう。
そうだ。今度の日曜日、ジャクソンブレイクがストリートやるって言ってたんだ。
絶対行こう。
これって、恋なんだろうか? ……もしかしたら、ミミコよりもずっとあたしの方がホレっぽいのかもしれない。
それになんだか今のこの気持ちを、みんなにぺらぺら話したいような気がする。
おかしい。こんなのあたしじゃない。
だけど、それなら、素直になってみるのもいいかもしれない。ミミコみたいに。
意地を張ったりしないで自分の気持ちを受け入れてみよう……得意じゃないけど。
まるで生まれ変わったような気持ちで、すっきりして目を開いて時計を見てみると、たった5分しかたっていなかった。
|