ロックンロールとエトセトラ  
 

9月 スターシェイプド
Star Shaped/ blur

 
   
 #8 サウンド オブ ドラムス モモカ
 

 ベルが鳴って、あたしは走ってドアを開けた。ジェイミーだと思って、ハグの準備をしたけど、立っていたのはロッシだった。
「おい、あからさまにがっかりするなよ」
 ロッシは苦笑いで言う。
「あれ?顔に出したつもりはなかったんだけど」
「おい、まあいいや……なあ、チーは帰ってる?」
「あ、うん。入る?」
 あたしはロッシをリビングに通した。ほんとは、チャイムを鳴らしたのがジェイミーでもロッシでもなくて、チコだったらよかったのかもしれない。
「聞こえるでしょ?」
 地下室からずっとドラムが聞こえて来ていて、手に取るようにチコの精神状態が分かる。
「ああ、うん」
 ロッシはきっとチコから楽しい報告を聞こうと来たんだろうけど。たぶん、それはかなわない。
「じゃあ地下室直行してもよかったのに。外でも聞こえてたでしょ?」
「ああ。けどよ、叩いてんのがチーなのがイマイチ確信なくてよ」
 ロッシはソファに深々と座ると、キャップのツバを後ろに回しながら言う。あたしは一瞬ぞくっとした。
「どういう意味?」
 もう少し詳しく聞こうと身を乗り出した。
「いや、なんか、チーのドラムっぽくねえから。その気に入ったドラムスを連れて帰って来たんじゃねえかって思って」
 ロッシはまたキャップのツバを回すとそれを元より深く下ろした。
 確かにこんなのチコのドラムじゃない。だけど、それを分かるのはミミコとあたしだけだと思っていた。それに、ロッシはそのドラムがアルかも知れないって思っても、少しも嬉しそうじゃなかった。
 ロッシはチーを応援しているはずなのに?
 頭の中でかちかちかちっと音が鳴って、パズルがはまって行く。
 ずっとミミコの推理を検討違いだと思っていたけど。ほんとはミミコが正しかったのかもしれない。
「 たぶんね……なにか嫌なことがあったんだよ。地下室に直接帰って来て、それから30分ずっとハイロウズだから」
「ハイロウズ?」
 ロッシの英語発音で聞く”ハイロウズ”は新鮮だった。
「チコの好きな日本のバンドなんだけど、つらいことがあると、延々とアルバム1枚は叩いてるの」
「そうか……」
 そう言いながらロッシは立ち上がりかけていた。
「どこ行くの?」
「地下室」
「ね、」
 ロッシはもうリビングを出かけていたけど、あたしは思わず呼び止めた。
「ん?」
 やめたほうがいい。
 そう言おうとしたけど、よけいなことだと思って言うのをやめた。
「なんでもない」
「そか? じゃまたな」
 そう言ってロッシは颯爽と出て行った。
 すぐにドラムの音が止んでCDの音だけになった。
 それから何分か後にはCDの音も止まった。耳を澄ましていると、ドアの閉まる音がして、ふたりが出て行ったのがわかった。
 びっくりしたけど、なんだか嬉しかった。チコがハイロウズの儀式を途中で辞めるなんて、今までになかったことだった。それどころか、いつもその切羽詰まった様子を見て、ミミコもあたしも声をかけられなかった。
 だけど、ロッシはドラムに括り付けられたチコを簡単に解放してしまった。
 ”見直したよロッシ”
 なんてあたしは偉そうにロッシに心の中で讃辞を送った。
 これは。もしかしたら、もしかするかもしれない。
 チコは少しずつ変わってきた。最近は少しずつ自分の事を話してくれるようになってきた。だから、ミミコもあたしも、それにロッシもアルに対するチコの気持ちを知っていた。
 だけど、まだ人に頼ることには慣れないんだと思う。
 それでも、難くなな気持ちをほぐしてくれる相手が現れたとしたら、それが別 にあたしじゃなくてもいい。
  たった1人でも、チコを張り詰めた気持ちから解放してくれる相手がいれば、それでいいと思う。

 それがロッシなんだろうか。

 
 

#7#9

 
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