にやにやしているとまたベルが鳴って、今度はほんとにジェイミーだった。
「おかえりっ
あたしは体当たりするみたいに抱き付いた。
「ただいまっ、モーモ、元気だね」
ジェイミーはよろけそうなのをなんとかこらえてあたしを抱き締めてくれる。
9月の中頃からニットキャップスはアメリカツアーに出掛けて、ジェイミーとは17日も会えなかった。
1度、たくさんの取材や撮影を放りだして、こっそり帰って来てくれた。メンバーはみんな怒って後で大変だったらしいけど、ジェイミーは全く懲りていなかった。
ジェイミーのいない写真ばかりが雑誌に載るアメリカのファンの人には悪いけど、本当に嬉しかった。
それに、あたしが会いたかったのと同じ様にジェイミーもあたしに会いたかった、っていうのが分かって、本当にそれだけで充分なくらいだった。
「お土産は?」
あたしたちは、ぴったりくっついたまま無理矢理歩いてリビングに向かった。ジェイミーがあたしに覆いかぶさって、まるであたしがジェイミーをおんぶしているみたいな体勢で。
本当に、そばにいる時はずうっとくっついていたい。2週間会えなくても頑張れるのに、目の前にジェイミーがいると、もう本当に数分離れているのもはがゆい。
自分でも変だって思うけど。
「あるよ。ほら」
ソファに座るとジェイミーはリュックから何枚もビニールに入ったTシャツを出した。
「今回のツアーTシャツだよ」
全部女の子サイズで、ロゴTはもちろん、中にはメンバーの似顔絵イラスト入りのものまであった。
「やったあ、ありがとうっ」
あたしは一枚ずつ袋が出して広げた。すると、ジェイミーが腕を回して首にかじりついて来た。
「わあ」
背筋がぞくぞくっとして、思わず声を挙げた。
「モーモ、そんな喜ばないでよ、冗談なんだから」
耳もとでジェイミーが囁く。
「え?何が?」
「ほら、ミーとチーにも」
ジェイミーはリュックからさらに同じ物を2枚ずつ出した。
「ふたりの分もあるの?ありがとうっ」
嬉しくなって今度はあたしがジェイミーに抱き付いた。
「あたしの親友にもちゃんとお土産を持ってきてくれたなんて、最高の彼氏だよ」
「いや、だから困ったな。もう、モーモまさかキャップスのグッズが欲しくて僕と付き合ってるの?」
ジェイミーはあたしから体を離すと、下を向いてそんなことを言った。伸びっぱなしの髪の毛に隠れて、顔が見えない。
「え、なんで、どうしてそんなこと言うの、」
あたしはびっくりしてうまく舌が回らないくらいだった。
「ジェイミー」
髪の毛に隠れたジェイミーの顔を覗き込んでみる。
「ジェイミーッ?」
あたしは思わず大きな声を出した。ジェイミーは髪の毛の中でくるしそうに笑いを堪えていた。
「ひどい、もう」
「ごめんモーモ、だってそんなおまけを本気で喜ばれたら、これ出すタイミングがなくなる」
そう言ってジェイミーはリボンの付いた小さな紙袋を出した。
「早く、あけてみて」
ジェイミーが急かす。
あたしは頷いて折り曲げて留めてあるシールを剥がした。
「あ、待って、あのさ、別に大した物じゃないから。期待しないで見てよ?」
ジェイミーはあたし以上に興奮した様子で目をくるくる動かしていた。
「ええ? わかった」
そうは言ったけど、期待しないなんて無理。だって、ジェイミーがくれた物をあたしが気に入らない訳がないから。
「う、わああ……かわいい」
中から出て来たのは、クリップピンのついたお花の髪飾りだった。
お花全部が赤いインストーンでうめ尽くされていて、真ん中の花粉の部分には大きな金色のラインストーン。きらきら眩しいくらいに輝いている。
「ありがとう、ジェイミー、嬉しいっすごいかわいいーっ」
あたしがそう言うと、ジェイミーは照れたように微笑んだ。
「あ、のさ、ほんと大した物じゃないんだけど、でも、絶対にモーモに似合うと思って。ニューヨークでフォトシューティングしながら街を歩いてた時、ウィンドウにあるの見つけたんだ。でも、なんかこういうキラキラした物ばっかり売っててさ、中は女の子のお客さんばっかりでさ。メンバーもひやかすし、すっごい恥ずかしかったんだ、でも、どうしても買いたくて。モーモ好きだろ? こういうキラキラしたのが」
あたしには、ジェイミーが頬をピンク色にしてプレゼントで。って言っている所がすぐに思い描けた。
ジェイミーは思い出して恥ずかしくなったのか、またピンク色になって、あたしの掌からお花を取ると、あたしの右の耳の上辺の髪に留めて微笑んだ。
「モーモ」
あたしの部屋に上がると、ジェイミーはベッドに腰掛けて、隣をぽすぽすっと叩いた。
こっちおいでよ、の合図。
あたしは頷いてジェイミーの隣に座った。
「僕もう、干からびる寸前」
もちろん、ジェイミーが何をおねだりしているのかすぐ分かった。ジェイミーが日本から帰って来てから、あたしたちはついにセックスに成功した。初めての夜からから3回目のことだった。
それからニットキャップスのアルバムが出て、アメリカツアーが始まる前も、オーストラリアや香港に行ったり、各国の取材を受けたり番組に出たり、ビデオクリップの撮影をしたり、ジェイミーは大忙しだった。
今まで雑誌やテレビでただ受け取るだけだった情報が、実はこんなにも大変な労働の中から生まれているんだって、初めて知った。その間、ジェイミーは睡眠時間を削ってあたしに会いに来てくれた。なんとか時間を見つけて電話で話したり、たった20分だけ会えた日もあった。それでも、9月はほとんど離れて過ごさないといけなかった。
ロックスターの彼女がこんなにも寂しいとは知らなかった。ジェイミーは今一番忙しい時期で、アメリカから戻ったこれからも、イギリスツアーで、その後また北欧へ行くらしい。
まるで映画の中の話みたいだけど、それが事実で、それがあたしの彼氏。
だけど、全部を投げ出してジェイミーに付いて行きたいと思ったことは、一度もなかった。ジェイミーが頑張っていればいるほど、あたしも頑張ろうっていう気持ちがむくむく湧いて来る。
あたしは信じるものがあれば強くなれる。
あたしはジェイミーを信じているし、ミミコとチコのことも信じている。それに、自分たちの音楽やミルレインボウの力も信じている。誰かを、何かを信じてしまうのがあんなにも恐かったのに、いつのまにかあたしはそれに支えられていた。
今は、ジェイミーが10時間時差のある国にいたって、それが気になって何も手につかない、なんていうことはない。
最後に恋をしてからあたしにはたくさんの事が起こって、いろんな経験をして、少しは成長していたらしい。それを知って少し誇らしかった。
「モーモが作ったいい匂いするやつ入れてさ、お風呂入ろう」
ジェイミーはあたしの頬にキスをして言う。ジェイミーはカモミールのバスオイルがお気に入りだった。
「いいよ、じゃあすぐお湯溜めよう」
あたしは時計に目をやってから笑顔で答えた。
まだミミコが帰って来るまで3時間くらいあるし、チコもまだまだ帰って来そうにない。
あたしたちはきちんと話し合って、この家に彼氏を泊めてもいいけど、ちゃんとふたりに連絡しておくこと、とか、バスルームを使わせてもいいけどハチ会わないように気をつける、とか条件を決めた。
ミミコとあたしはもちろん、チコも快諾してくれた。
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